それぞれの役どころの気持がしみじみと伝わってきました。轢き逃げ犯の新妻に対しても、「切ないけど、 なんて愛らしいんだろう」という思いが残りました。 (週刊文春5月16日号「阿川佐和子のこの人に会いたい」より)
加速する車、一瞬の事故、呆然とする青年と親友。 急速に絆を深める加害者2人の関係が、この後の急展開を不気味に予感させる。リアルな日常風景の中でスリリングに浮かび上がる人の心の闇。 刑事サスペ ンスのスタイルを持ちながら人間心理を生々しく暴いたヒューマンドラマに、最後まで引き込まれた。
何気ない日常がどれほど尊く、どれほど脆いものであるか、改めて考えさせられる作品でした。すべてのものごとは、他人からは“結果”に見えても、当事者にとっては“過程”です。この映画に渦巻く恨み、妬み、悲しみ、愛、そういった様々な感情を包み込んで未来を見つめるような歌を文字通り、こころをこめて作詞しました。
人間の闇を「見つめる」行為とは、翻って闇の向こう側から「見つめ返される」行為でもある。この映画の背骨は腹を括った水谷豊監督の「覚悟」で出来ている。
撮影、編集、音楽をはじめとする映画としての端正な「骨格」と、徹頭徹尾オリジナルな「語り口」のコントラスト。 世界中のどんな作品とも似てない、「映画監督」水谷豊の世界。 先がまったく読めないミステリアスな物語だけでなく、何よりもその映画的な手さばきに翻弄されて、魅了された。
入口と、出口が全く違う特大の衝撃。水谷豊は、監督2作目にして最高傑作を作り上げてしまった。ひき逃げ事件を発端にした重厚な人間ドラマ、思わず絶句する真相、その全てを2時間に凝縮させた手腕。今、最も次回作に期待したい監督の1人である。
ひたすら心が重くなる映画を想像していた。だがその予想は鮮やかに裏切られる。どぎつい復讐ではなく、わずかでも光を。水谷監督はきっと人間を信じているのだろう。檀ふみの聖母のような笑みを見ながら、人を、愛を、信じてみたくなった。
よく晴れた日に突然始まった〈轢き逃げ〉という事件を、加害者を核に、リアルかつ、スリリングに描いていて、一瞬で引き込まれた。悲劇はじわじわと波紋を広げていく。加害者と被害者遺族の人生をどん底に突き落としながらも、再生の芽吹きがあるところに、水谷豊監督の人間性を見たような気がした。
主演二人の演技が素晴らしく、またベテラン勢の凄みが際立つ映画だった。画面に終始漂う不穏な気配が次の展開の予測を許さない。全員の演技を永遠に見続けたいと思わされた。
サスペンス、友情、親子愛、犯した罪への苦悩。何とも欲張りなテーマを盛り込んだ、水谷豊監督のヒューマン・エンタテインメント。表層と深層で違った感情を持つ人間たちを、俳優の表現力に託して描いた、演じる俳優を信じ、人間の愛を信じ、映画の力を信じる水谷監督が新たな世界に挑んだ渾身の1作だ。
水谷豊監督二作目にあたる『轢き逃げ -最高の最悪な日-』を見た時に中盤からウォーホルの「死と惨事」シリーズの事を思い出し、最終的には二人の作家の眼差しにかなりの共通点を感じた。
『TAP』で“人生の輝き”を描いた水谷監督が今回挑んだのは“人間の狂気”。事故をきっかけに、大きく人生が変わった犯人と遺族。その姿をあえて淡々と描くことで、目には見えない彼らの心根が、深いコントラストとなって観る者により重くのしかかってくる。これまで数えきれないほどの役を演じてきた監督だからこその人間描写に感服。
"だれかの人生の断片は、いつか自分の断片にもなりうる。 そんなリアルな感覚と映画のスリルを重ねて観るなか、 とてつもない絶望の輪郭を柔らかく包みこむ光こそが、 人生を照らし得ることに魅せられた。 わたしたちは、そんな光を内包する生き物だ。
コントロールの効かなくなった感情は、大津波のように理性も良心も自分自身をも飲み込み、日常を破壊する。人をモンスターにさせるのも人であるし、闇から光にすくいあげるのも人だということを教えてくれた映画。
予想もしていなかった驚くべき展開に、心が奪われました。そして観終わって気づいてみたら、七人のなんとも言いがたい心の揺れと、彼らを演じる俳優さんたちの絶妙な演技にもっと心を奪われていました。人間ってどうしてこんなに哀しい存在なんだろう…清も濁も呑み込んで、人生はただ続いていく。そういう人間の性のようなものと真正面から向き合った作品だと思います。
一瞬の出来事によって、今日という日が昨日の延長ではなくなってしまう。生々しいまでのその落差。時折パチンと弾けるようなこの違和感は何だろう、と思っていたら、それまで隠れていた別の層がめくれ上がってくる。心を轢き逃げするような暗転、そしてシンパシー。まぎれもない人間のドラマ。
培われただろう監督のストーリーテリングに舌を巻く。悲しく苦い物語ながら観賞後感が不思議と爽やかなのは、ふたりの主要キャラから監督の女性観が透けてみえるため。終盤一気に存在感を増す、檀ふみの演技に心泣き。
あなたは完璧に騙される! 息もつけない緊迫サスペンスが、 あなたに問いかけるーー愛! 誰に訊かれても絶対にラストは極秘!
轢き逃げの加害者と、娘を失った被害者家族。それぞれの苦悩や葛藤を迫真の演技で描く、骨太な人間ドラマの力作でした。一方で、サスペンス映画としてもまさかの展開に驚かされました。タッグを組んだ名監督たちの遺伝子を受け継いだのか、はたまた実は持って生まれた才能か。前作と同じく、「映画監督・水谷豊」に驚嘆です。
この映画を観て、水谷豊という人のことが少し怖くなった。 「そっ、そんなふうに人間を、そして世界を眺めているのか!」と、 頭の中の、 灰色の脳細胞の、 奥のほうの一端が見えてきて。 でもそれは、俳優・水谷豊の軌跡を考えれば「さもありなん」だし、 第一、“映画監督としての勲章”でさえあると思う。
脚本に全く無駄がなく、演出も正しく素晴らしい。来年の僕のベストテン候補に。
水谷豊監督・脚本と謳われること自体がミスリードになっている問題作。先入観を持って臨むと腰を抜かしますよ! 他のどんな動物にも見られない人間特有の“おかしみ”に力点が置かれている点に感服しきり。大胆な構成も手伝って、観る者を最後まで裏切り続ける驚きの映画体験をご堪能あれ!
水谷豊監督が自ら書き上げたオリジナル脚本を「TAP」に続いて映像化したことを評価したい。ストーリーに奥行きがあり、映像は俯瞰からクローズアップまで多彩だ。誰でも抱く嫉妬心をモチーフにしたのも非凡だ。
「右京さん」が満を持して放つのは、ズブズブ、ドロドロの人間のダークサイド! 轢き逃げ事件をきっかけに、運命を狂わせる人々の姿があまりにも悲しい。 最悪のシナリオにも要所要所に愛と救いと赦しが散りばめられているのは、さすが「相棒」仕込み。 家族思いで、人間力あふれる水谷豊の魅力が炸裂!!
普通だとか当たり前だとか、そういうせりふをよく聞くけれど、そんなものは実はないとよくわかる映画だ。轢き逃げ犯は『普通に』『当たり前に』、人を殺した。私には彼が本作でもっとも大きな怪物に見える。『普通』の思考停止から比較的早く抜け出した従犯は、だからあんまり怖くないのである。ポピュラードラマを知り尽くした監督だからこそ描くことのできるえげつない怪物性だと感じる。
『傷だらけの天使』『青春の殺人者』など初期作品から『相棒』まで、自身の俳優人生をTIME CAPSULEのように忍ばせた巧みな演出から、非情で厳しくも哀しい、そして “何んて優しい” 映画であることか!までもが醸し出されていく。今もぼく(ら)の先生=水谷豊はフィーバーし、嵐を巻き起こしているのだ!
当たり前の日常があっけなく崩れ去る衝撃の展開。リアリティのあるサイコパスの描写に慄然とする
最初は罪を起こしたふたりがどう行動しどう結末に向かうかドキドキしながら観ていましたが、だんだん人間の醜い感情に心が締め付けられ、そして切なさ、寂しさ、暖かさに触れられた。 "人"について、誰かと話したくなる!